悠々談談

日々思うことを、つらづらと

経済とコロナ

 世の中の仕組みは複雑ではなく単純だ。

 

 お金を払って、サービスやモノを買う。お金を受け取ったお店や会社はそこから経費を引き残った利益から税金を払う。税金をいくらとり、それをどう分配するかを決めるのが政治で、それを決める議会の構成員は選挙で選ばれる。そしてそれを執行するのは役人。

 

 ただ、これだけのことなのに、どうして格差が生まれ、コロナで苦しむ人がいるのか?

 

 答えは簡単で、億単位の報酬を得る人が増えたということ。例えば1ヶ月の報酬が1000万で12ヶ月で1億2000万円。もちろん1000万円が手取りであるわけないが、仮に手取りがそれだけとして、どんなに贅沢三昧に暮らしても全部を使い切ることはない。それはほとんどのお金が上記のお金の流れからスピンオフし、投資に回り、有価証券の売買の市場に注ぎ込まれる。そこからも税金は引かれるが、お金の循環には戻ってこない。結局、財政が回らないから、国債を発行し、財政をファイナンスする。日本はこの国債ファイナンスが肥大化して市場が市場としての機能を喪失し始めている。市場もめちゃくちゃだ。

 

 借入金の証文ばかりが増え、キャッシュは入ってきても返済にまわり、自由に使えるお金が少ない。だから、コロナで手当てしなくてはならない今、出し渋り。それに日本は、社会が

成熟といえないから、共同体意識は特に上級国民には希薄。金持ちがお金をポンと拠出することも稀。政治家自身が蓄財、保身に走るのだから世話はない。投資ではないが、政治家である親が持っていた政治資金団体を子供に引き継がせれば、相続税贈与税もかからない。

 

 そういえば安倍首相はその件で野党から3億円脱税と指摘されたら逆切れしていた。

 

 格差をなくすることを徹底すれば、それは社会主義になり、人民公社の世界になる。しかし、それを臨む人は皆無と言っていい。かと言って今のような過度な格差は是正の必要がある。税制やら、いろんな仕組みを変えていく。コロナはそのきっかけを我々に与えてくれているのかもしれない。

 

 そして、現政権にそれを担わせることは不可能、だと思う。