悠々談談

日々思うことを、つらづらと

日本の時代劇はなぜ面白くないか?

 大河ドラマが最たるものだが、出て来る人物は、家康、信長、秀吉、信玄といった一連の誰もが知るスターであり、誰を主人公に据えるかで、若干の差別化をはかる。しかし、史実は視聴者の誰もが知っているから、あとは、その役者がたとえば秀吉をどう演じきるかしか興味の対象はないし、一度二度見落としても、なんら不都合は生じない。ああ、先週はあそこまでやったのか、と思うだけ。それ以外の題材は、忠臣蔵宮本武蔵明治維新水戸黄門もあったか。

 日本の歴史は、中国4000年に比べれば短いかもしれないが、戦国時代しか時代劇のヒーローがいないということは、いくらなんでもないだろう。でも、これは突き詰めていけば、天皇家のからむ権力闘争を描かざるをえず、万世一系を良しとする明治維新政府が正統政府とする歴史観を壊すおそれのある題材に対しタブーでもあるのか?と思ってしまう。

 たとえばお隣韓国では李氏朝鮮宮中の権力闘争をえがいたトンイ。トンイはほんのわずかな史実の記載が残るのみだが、脚本家がそれをふくらませドラマ化し見応えがあった。見る側も、史実とは違うという前提でそれを楽しむ。

 そういう天皇家の権力闘争ドラマは、日本がそれこそ、共和国でもならないかぎり難しいのか?けっこう、日本にはタブーが多いことを時代劇をとおして実感する。

 

米国人顧問のいる政府

外資系企業は、日本の景気がよかったときは、日本人社長が会社を仕切り、売上、利益で貢献し、権限もかなりの部分をまかされていた。最近までの日本IBM日本マクドナルドがいい例だ。
業績が低迷、成績が伸び悩むと、本国が、非日本人の社長を送り込む。でも、日本社会の経済がポロポロだから、結局成果はだせない。しかし、日本人社長よりも、本社からのアタリは弱い。
政治
日本傀儡の満州国がそうだったように、傀儡政権には、外国人顧問がいて政治を誘導する。そして、うまく自国に有利な政治を行わせる。植民地経営でよく使われる手段。
日本は、植民地でもなんでもない。しかし、山本議員が国会で指摘したアーミテージとかいった、ジャパンハンドラーは、公職にはついてないが、実質的な顧問のような存在になって、その役回りを演じている。
それが証拠に、安倍政権になって、国民サイドにメリットとなる政策は一切ないが、米国にメリットとなる政策はかなりにのぼる。その際たるが安保法であり、米国の兵役削減の穴にピタリとはまっている。
国民はこの政治に、いつまで耐えなければならないのか?

総活躍社会

都内は建築ラッシュだし、道路工事もいたるところで行われている。そして、そこには、警備員さんが旗や、警報棒をもってたっている。
その多くは、あきらかに年金受給資格のあるひとたちである。顔を真っ赤に日焼けして、クルマの行き来をさばいている。
下流老人とか、老人の困窮が話題になるが、昼間、現場に立つ彼らにしても、60年も働いて、年金が減額されたり可処分所得がすくなくなれば、働かざるをえない。そうしなければ、生きていけない。
もちろん、年金や退職金がたんまりもらえた人は、働かなくても、悠々自適かもしれぬ。しかし、そういう人が頑張って、警備員をしている人は頑張りが足りなかったとは思えない。いろんな事情がそこにはあると思う。
もう、充分はたらいた、そういう人にはリタイアして、普通に暮らせ、働き続けたいひとは、働く。それが理想と思うが、実際には、中低所得者には、死ぬまで働かざるをえない社会になってきているのかもしれぬ。
安倍首相は、1億総活躍社会を実現させるらしい。これは、年金も期待しないで、とにかく生きている以上は働いて国に貢献してね、といってるのと同義にしか思えぬ。
世界平和へ貢献を言う前に、国民の生活、暮らしをよくして欲しい、と心から思う。

日本合県国

 日本人でお国自慢というときの国は、日本国ではない。普通はその出身地をいう。もちろん、多国籍のイベントでは日本国となるが、通常は出身地であり、たとえば、長野県の人は「信濃の国」という有名な県歌をもっていたりする。ここでいう国は、信州信濃。そして、お国訛りは方言のことであり、また、風習ひとつとってみても、同じ県のなかでも違っていたりする。私は広島出身だが、広島市呉市でも、旧盆の風習は微妙に違うし、方言もおなじ広島弁とひとくくりにできない。

 じゃあ、日本国とはなに?

 これは、あるいみで日本合藩国だった徳川政府を打倒した薩長政府が、中央集権国家をつくるために偽装した国家像であったのではないか?そのために、君が代を国歌とし、日の丸を国旗とし、殿様にかわる県知事は、中央の内務省から派遣されてその地方を統治。

 でも、この日本国とういう薩長政府のつくりだした政治体制は、日清日露とすすみ、大国意識を国民にもたせ、それが第二次大戦の破局へと国民を導いた。そして、その中央集権体制は、高度成長期には軍国主義から経済にベクトルが変わりはしたが、うまく機能し、経済成長を遂げた。

 いま、安倍政権は地方創生とか言いながら、役人が東京政府の直轄統治の管理者として地方選挙に祭り上げられる仕組みは変わらない。道州制だって、一見、地方の時代を導くかのようで、実際は、中央からの管理を分散化しただけで、偽装中央集権国家だと思う。そして現在の首相も長州出身の安倍晋三

 そして、国民には愛国心という名の、明治以来の中央集権的偽装国家の継続を安倍政権はねらっている。

 たしかに富国強兵の時代には中央集権は最適な統治システムだったかもしれない。しかし、国家財政はもはや1000兆円の借金。その一方で少子高齢化。一番の貿易相手国、中国との関係は冷却化。経済は行き詰まり。

 本当は、ここで安保関連法案の議論にならない議論、法律案とは名ばかりの法律の体をなしてない法案は、とっとと廃案にし、国のかたちを、中央集権から日本合県国に変えるべく英知を絞るべき時ではなかろうか?東京政府の権限は、極力しぼりとり、霞ヶ関を解体する。もちろん、税制も抜本的にかえる。

 

 それくらいの大改革こそ、必要なのではないか? 

交通政策というか、何もかも失敗だ

 都会にいれば自動車を運転することの必要性を全く感じないが、地方ではこれが必須。ないと買い物もできない。病院にもいけない。だから、歳をとって運転免許を返上と言ったって所詮、無理な話。一時間に一本とか朝と夕方しか走らないバスを頼ることはできない。

 むかしは、田舎にも人が住み、限界集落なんてありえなかったが、一極集中で人が東京に吸い寄せられていったのと同時に、モータリゼーションにより、車が普及、クマしか通らないと揶揄されようが、高速道路が列島隅々まで。自然と公共輸送機関には頼らなくなった。そして、バスも便数が減り、ローカル線は、第三セクターから廃線となったケースもある。もちろん、あまちゃんのように、ブームで人が押し寄せるケースもあったが、恒常的に収支を黒字にするには難しい。鉄道が生活路線としての地位を復活するのは無理だろう。

 でも、高齢者はじゃあ、どうやって動きゃいいのさ。そこへ、都会に住み慣れた高齢者を地方へ?そのあたり、しっかりと政策的に考えての発案なんだろうか?甚だ疑問。

AccountingとFinance

 外資系の職位をみていると、Accountingというのは少なくなり、Financeというのばかりが目立つようになった。単純に言って、accountingは記帳がメイン、仕訳とかね。Financeは、できあがった財務諸表が正しいかどうかを見極める。

 Financeは、日本の会社でいえば経営企画か。日本の会社は経理部が記帳をし、財務諸表をつくり、年に一回、税務申告書をつくる。その数字が予算対比でどうかとか、細かい分析はしない。もちろん、してるところもあるだろうけど。

 Accountingが減ってきているのは、そういう記帳はコンピュータでさせるから、間違いなく入力できれば、となってきていて、マンパワーはFinanceに特化しつつあるということかな?と思う。あと、アウトソースで海外でさせる会社もある。

 経理はスキルで、食いっぱぐれはないと言われもするが、単なる仕訳マシーンは減収、非正規への転化ということになりかねない時代なのかなあと思う。

日本では家は買わないほうがいい

 雑誌をみていたら家賃18万円なら5200万円の物件を購入できるとあった。

 買う場合の条件は、返済30年、全期間1.5%の元利金等である。

 となると、利息分は1280万円。均等だから毎年42万円の利息支払い。まあ一ヶ月分の給与くらいを削って家を買うということ。これで30年後完済。そのときの物件がいくらか?5200万円ということはありえない。

 人口の減少が言われている。たとえば都内でも、豊島区は消滅が言われいる。いま住んでいる新宿区だが、中野区に接しているのだが、地元のスーパーは中高齢者が多い。また、ファミリータイプのマンションは少なく、子供の数が少ない。もちろん、中野駅周辺は若い人はおおいが、子供の数は少ない。その一方、老夫婦が住む一戸建ても見るとおおい。公園も子供の姿はない。人口が減れば、いまほど家、住居空間は必要なくなる。となれば、不動産のマーケットはどう考えても縮小する。となると売れない物件は安くするしかない。

 こうなると5200万円の家を買ったとしても、値下がりする。まず、買ったとたんに500万円減価するという。それでも30年後、かりに4000万円であれば、1200万円プラス利息分1280万円の2480万円が持ち出しということになる。それも都心の一等地で値下がりがほとんどない状態でこうだ。駅から遠いなどの条件が加われば、持ち出しは、もっと膨らむ。

 それならば、15年ほどは賃貸で、そのあと不動産の値をみて借り入れをすることなく買う。それしかないような気がする。ただ問題は、都心には質のいい賃貸案件がないこと。あるのは、ワンルームマンションばかり。このワンルームは投資案件で、個人オーナーのビル。これだって永久に立ち続けるものではなく、30年たてば建て替えも必要。その一方で、中野、杉並には、古い一戸建てもおおい。あらたにファミリーが移り住むところはない。

 落語ででてくる、大家と長屋。あれが特に東京にはむいているのかも。