悠々談談

日々思うことを、つらづらと

40年前の高田馬場

      この街は基本的な骨格は変わっていない。駅を降りると学バス乗り場があり、右手にビッグボックス。駅舎も変化なし。ターミナル駅になる要素はあったが、バブルも素通り。

     でも、小さなところは少しずつだが変わっている。

     駅前にそびえるF1ビル。なかに高田馬場で1番広い面積の芳林堂書店。3フロア使った、紀伊国屋書店本店に行かなくても用が足せるくらい専門書も豊富だった記憶がある。もちろん、アマゾンなどまだない時代。このほかにも、いまのビッグボックスの中にあるユニクロの場所に三省堂書店。早稲田通りを渡ったビルの奥まったところに未来堂書店。大学とは反対側は予備校生が多かったが、その中に間口1間ほどのコの字型店内の小さな書店もあった。ここは近くの予備校の指定図書を扱っていた。いまは携帯ショップになっている。ちなみに、最近までHIS高田馬場店のあるビルにブックファーストが入っていたが撤退。芳林堂書店のみになってしまった。その芳林堂も倒産を経て細々と営業中。

    F1ビルに戻る。最上階にはサントリーのパブがあり、早稲田の学生の2次会でよく使った。そこはいまは留学生向け予備校。このビルの不便なのは地下鉄にストレートに直結していないところ。いったん出て違う場所から階段をつかわないと地下鉄に降りることができなかった。その途中に、いまは確かサイゼリアのある場所に小さなカウンター式の食べ物屋があり格安メニューで助かった。なかに吉野家もあった。

    吉野家はその頃日の出の勢いで、どのお店に行っても出店情報がベタベタ貼ってあった。

   あと高田馬場で変わったことは予備校の勢いが落ちたこと。早稲田予備校、早稲田ゼミナール、一橋学院早慶外語。いま高田馬場のあたりを昼間に通ると中国人の日本語学校、進学予備校が目立ち、日本人の数が少ないような気がする。ガード潜って東京富士大学にむかうさかえ通は昼間は中国人で覆われる。

     ちなみにさかえ通をまっすぐ行くとかつての一橋学院の校舎。いまは大手の介護老人ホーム。さらにその先は新宿中央図書館があったが、大久保に移転。いまはこぎれいな下落合図書館になった。

    早稲田通りを小滝橋方面に行ったところにあるシチズンボールは今も健在。ただ、その途中、西友の地下にあった高田馬場パール座はなくなった。大学方面にむかう右側にある早稲田松竹。ここも一旦は閉館したが、いまは復活。二本立ての名画座。がんばってほしい。シネコンにない良さがある。

   こうしてみると、骨格はかわってないが、街自体は変化をしてきているということか。