悠々談談

日々思うことを、つらづらと

アベンジャーズエンドゲーム サウンドトラックの話しだけど多少のネタバレあるので注意

 聞き放題で音楽を楽しんでいるからサウンドトラックも気軽に楽しめる。

最近では、ララランド。メリーポピンズは良かったとは言い難いが、それでもダウンロードした。いいサントラはシーンが思い浮かぶのだ。

 この前ダウンロードしたアベンジャーズエンドゲーム。最初ははっきり言ってわからなかったが、何度か見るうちにシーンと音楽が合わさってイメージできるようになって変わった。

 私が好きなのは、スタークが宇宙をさまようシーンの音楽、着陸の時の音楽の流れ。そしてポータルというタイトルのついたアベンジャーズアッセンブルとキャプテンが号令を下す直前の音楽。あの太鼓の音がズシンと響く。これは朝に聞くとさあ仕事だ、と嘘っぽくも鼓舞される。

そして葬送の時の出演者総揃いのシーン。エンドロールのシーン。

 YouTubeで映画泥棒がアップしているが、音を聞いてスクリーンをイメージする方が良いね。つくづくそう思う。

 

主戦場、ネトウヨにとっての主戦場は朝日新聞なんだろうね

 映画主戦場をめぐる出演したいわゆる保守論客と言われる人たちが裁判沙汰を起こしたりして、逆にそれが宣伝効果をきたしている。東京でも渋谷だけの上映だったのが吉祥寺も加わったし、全国44の劇場で上映され、個別の上映会も開催されているようだ。

 これを見た感想は、別に作為的に保守と言われる人たちを貶めるような内容にはなってないなあ、に尽きる。それだけ、薄い論拠で昨今自民党本部が配ったような選挙対策本のような言質しか彼らは中ではいってない。

 中でも驚いたのは自民党の代議士の先生。中国や韓国は技術力で日本にかなわないから、歴史問題で日本を貶めようとしている、というコメント。

 結局掲示板とかに溢れるネトウヨの書き込みのレベルを超えてないのだ。トランプがなぜ中国のファーウエイを叩き落とそうとしているか、中国の技術力はとうに日本を凌駕し、韓国のサムスンは日本の家電エーカーが束になってもかなわない収益を上げている。ネトウヨの先生たちは、北京、上海、そして深圳に行ってみるといい。日本が周回遅れ以上であることに気づくはずだし、それくらいの勉強は身銭を切ってやってもらいたい。

 結局、ネトウヨ的な人たちは中国、韓国、そして朝日を叩くことで満足。それで終わっている。

 そんなにこの主戦場が気に入らないのなら、私としては、綿密な取材をして、この主戦場に反論する映画を作ればいいと思う。

Netflixと映画館

 今年に入って劇場での映画鑑賞をかなりの頻度でするようになって思うのは、やはり、ネット配信の映画よりも、映画を見たという実感を劇場の方が持てるということ。

 映画の醍醐味は、同じスクリーンを大人数で共有し、エンドスクリーン終了とともに席を立つ。同じ時間に同じ感動を覚えるということ。もちろん、動画配信でも日本のどこかで同じ時刻に見ている人はいるかもしれないが、それは仮想でのこと。同じ劇場での同時体験とは違う。

 こういう思いを感じるのは東京にきて初めての劇場体験が底辺にあるのかも知れない。初日に行くと、拍手がわく。こんなことは広島の劇場ではなかった。そして、広島と違い劇場で求めるパンフレットには劇場の名前が刷り込んである。ある意味で、劇場で舞台を見るようなワクワク感がある。

 Netflixはよく見るが、あくまでも過去の映画のデータベース。そう考えると、本でいう電子書籍と性格は似てるかも知れない。

アベンジャーズエンドゲーム

  最初に断っておくが、アベンジャーズエンドゲームはおもしろい。映画の持つエンターテイメント性の要素が全て詰まっている。人間関係の苦悩、エゴ、親子の情愛、コメディ、アクション。これらがすべて内含された極めて完成度の高い映画。何度も劇場に足を運んだし、追加のシーンをいれた新しいバージョンできたらまた行きたいとも思う。3時間という上映時間もたるみを感じることなく飽きさせない。
しかし、突き放した言い方をすれば、トランプ大統領のいうアメリカファーストそのものの映画だなあとも思うのです。ネタバレにならない程度にそれを解き明かして行きたいと思う。
   アベンジャーとは復讐。前作で木っ端微塵に粉砕されたヒーローが立ち上がる。言ってしまえばこのひとことなのですが、その顔ぶれです。金満中年のおっさん、アフリカ人部族のような人、アジア人(日本人ではありません。真田広之は出ていますがアベンジャーズではありません。たんなる東京のチンピラです)、黒人の米軍幹部だったひと、そしてまさに輝く女性。まさに人種のるつぼといわれる米国をさししめすような役回りです。俳優、女優というよりも米国内で立場の弱い人たち。中年のおっさんは違うか。。。。

 

    そしてそれを率いるのはキャプテンアメリカ。このキャラは第二次大戦中のもの愛国心鼓舞のための存在らしいのですが、その彼が星条旗を体全体にまとったかのようなスーツで悪と立ち向かう。アメリカはまとまって悪い世界と対峙するという信号をひしひしと感じるのです。それが観客のワクワク感をそそる。


    でもね、このエンドゲームの最後でキャプテンアメリカキャプテン・アメリカでなくなっていく。その象徴の星条旗の盾を手放す。
    ネタバレになるから書けないけれど、誰かがアメリカを、世界を束ねる時代は終わったんだよ、というメッセージを自分は感じとったね。それって考え過ぎかな?

令和の世代観

    今上天皇は昭和35年生まれ。自分がそれに近い34年生まれだから実感できるのだが、団塊世代団塊ジュニア世代に挟まれた特徴が一言でいいあらわしにくい世代。戦前世代、戦争を経験した親の世代の気持ちもわかるし、下の世代の気持ちも理解できたりする。それは裏返していえば自らの主張が足りない世代。

    言って見れば理解のある、何を言っても頷いてくれる好々爺。相手のことを否定もしないし、かといって積極的に支持もしない。無色透明感のようなものを、令和には感じてしまう。 

    上皇陛下は、疎開先の軽井沢から東京に着いた時の焼け野原の風景が原点にあり、それが日本国憲法を強く意識されたきっかけになったのだろうという論考に接したことがある。その点、今上天皇は物心ついたときから高度成長の只中にいらした。ただ、父親たる上皇陛下の背中はずっとご覧になりながら過ごされてきたと思うが、焼け野原の東京も、貧しい日本も、自分も含めての世代としては経験というか見聞きされていないが、バブルの日本はみてこられ、ここ6年の安倍政治も 見てそれなりのお考えもあるかもしれないが、天皇という立場で主張はできない。そういう意味では無色透明でいいのかもしれないが、政治が天皇家を時の権力の色に染めようとしてくるかもしれない。

そのときは上皇陛下がとられたように国民に寄り添う天皇であってほしいと思う。

ラジオよ、どうした

    荒川強啓のデイキャッチ終わって1ヶ月。このデイキャッチロス感はなんなんだろうかと少し考察してみた。

    平日の15時30分から17時30分まで。日替わりのコメンテーターが毎日のニュースで感じた事、思ったことをガンガン言いまくる。そして、街行く人やネットでその日のニュースで興味あるものを3つ選んでもらいベストテン形式で進めていく。 ただ、それだけといえばそれだけなのだが、それぞれのニュースの気になるところをコメンテーターが切りまくっていく。その切り口がそれぞれに個性があって面白かった。特に月曜の青木理、米国通の北丸雄二、木曜日の福島香織の中国情報、そして金曜日の宮台真司

    もちろん仕事しているとリアルタイムには聞けないから、Radikoのお世話になったが、その日のニュースをどう切り込んでいくのかがすごく楽しみだった。別にリベラルと大上段から発言するでなく、日頃、なんか今の政治ちょっとおかしいよねと感じているボワーンとしたものを、こうでしょ?と言い切ってもらうことで、「そうそう」感が充足される。

 

それが番組終了とともに「そうそう」感の持って行き場がなくなった。

放送されていたTBSラジオ森本毅郎スタンバイが終わると夜10時の荻上チキまで報道系の番組は一切ない。ニュースのコーナーはあってもそのニュースを掘り下げる番組はない。個人的には18時からのアフター6ジャンクションは好きだが、このノリの番組がずっと続くのはラジオ報道の役割の放棄としか思えない。

 

   もちろん、インターネットでデイキャッチ卒業させられ組の声を聞くことは可能だが、一般的なラジオメディアでこうした番組がなくなったのはやはりラジオの報道としての役割の放棄と言われてもしかたあるまい。 浜松町のラジオは朝からネトウヨ御用達のコメンテータばかりだし、まだマシだった7時からの番組はなくなって、これまた報道色の薄いものになってしまった。

    デイキャッチ復活の請願もあるようだが、難しいだろうしTBSラジオもこれを認めないだろう。

 

    結局のところ、ぼんやりとした政治や経済のニュースに対する思いを、考えを自分のなかで掘り下げていくしかないのかもしれない。

 

 

 

 

    

 

 

世代交替、昭和30年代生まれがんばらないと

 今上天皇の退位。そして浩宮皇太子の即位。

 時代は、昭和天皇(戦前)、今上天皇(戦中)、そして浩宮(戦無)。皇太子は自分と生まれ年は1年違い。もちろん庶民とは違う生活を送ってきたと思う。ただ、直接戦争を知らず、団塊世代と、新人類世代、団塊ジュニアに挟まれた、個性の見えにくい世代。そうなのだ。世代として名づけられていない。

 昭和天皇時代は戦争。今上天皇は子供の世代で戦争を経験。そして浩宮は高度成長前の貧しい日本から駆け上がっていく社会を皇室から見てきた。高度成長そしてバブル、バブルの崩壊。格差社会。先進国に駆け上がり、そして停滞、混沌となった社会を見つめてきた。戦争のことも経験者から直接聞いてきたし、一方、比較的、今時の30代、40代の気持ちもわかる。でもなんでもわかるため、個性が出にくい。

 個性が出にくい、とらえどころがないと言ったって、50代60代は社会を引っ張って行かなくてはならない世代である。まして人口減社会は、未だかつて経験したことのない社会である。そんな日本社会をどうやっていくか。即位される浩宮皇太子の世代、昭和30年代生まれがこの国をなんとかしなくてはいけない。 

 そういえば、来年巨人の監督に復帰する原辰徳もこの世代。現役の時から大選手という印象が薄く、予備校の先生が原辰徳を称して、実績はあるのだけど、どこか頼りないと言ってたが、確かに王長嶋のようなカリスマ的威圧感は残念ながらない。そうはいっても平成も終わるし、広島ファンの私だが、今年よりは実績は残してほしいね、広島戦以外で。