悠々談談

日々思うことを、つらづらと

人生と旅行

 人生は旅行に似ている。

 あそこに行こう、あそこの料理が食べたいと思う。そして想定外なこともあったりする。しかし、帰国する日、旅行の最終日が明日になってしまうと、やり残したこととかを考えるようになる。

 ある都市を旅しても、今日と同じ感想は次回来ても持ち得ない。だから残りすくない時間を一生懸命楽しむ。

 人生も同じだ。若い頃はあれをやりたい、これをやりたいと思う。そして失敗もするかもしれない。しかし、50代、60代になってくると、終日が見えてくるから、無駄なことはしたくなくなる。本当にやりたいことしかしたくなくなる。

 自分は、今ここ、です。

8月は戦争のこと

    8月になると、戦争の悲惨さを語り継ごうという企画や番組がメディアでめだつようになった。考えてみれば、あの戦争のころ子供だったひとももう80歳台。

    それはそれで貴重と思うし、意義はあると思う。そういえば、この世界の片隅にも、そんな語り部の証言をもとに戦争中が再現された映画だった。

   しかし、戦争は嫌だね、で終わっていては、それで思考停止してしまう。では、どうしたらよいか、目の前の国際政治の前には甚だ微力。

    私は語り継ぐべきは、大日本帝国の議会、行政、内閣、そして軍がどうしてあのような戦争に国民を導いていったのか、そのプロセスの検証ではないかと思う。

    あの時の政策決定プロセスのどこで間違いがあったのか、そしてその組織の何が問題だったのか。もちろん、市井の研究者はさまざまな論考を出してはいるが、メディアもこの視点からの企画があってもよいのではないか?300万人の戦死者がでたのである。

     それがわかり、ちゃんと克服されていれば恐るに足らない。しかし、有り体がそのままで今もあるなら、おなじ道を歩むリスクがあるということになる。その検証こそ、メディアで見たいものだ。

人生、楽しんでいるか?

住宅ローンと会社について書いた。この2つは、いまの日本人を縛り上げている。日本人は、そして苦しんでいhttps://twitter.com/taiyakimidnight/status/890962391541792768る。自覚はないかもしれないが、それが、どよーんとした朝の通勤電車の空気を作り出している。かといって、帰りの電車は、みんなウキウキかといえば違う。疲れ果てて眠る人が多い。
この苦しみの対価は、会社は定年までいれば、年金、退職金。家は、マイホームという充足感。しかし、この対価が得られにくくなっているのは、すでに書いた。
じやあ、どうすりやいいの?
問題は、こうした会社生活、と住宅をめぐる社会のシステムが、円滑に回っていた頃と変わっていないこと。システムを変えようとすると、痛みをともなうから、すべてを先延ばし。この2つの縛りがイヤでも、抜け出せば、自分に火の粉がかかる。だから、我慢する。ああ

パソコン創世記(1)

我が家で初めて買ったパソコンはマッキントッシュPerforma575だった。マッキントッシュといっても今ではわからない人の方が多いだろう。マッキントッシュが詰まってマックになったといえばわかりやすいかもしれない。そう、アップルコンピュータである。そのなかでiMacの前身と言っていいかもしれないモニターとハードが一体型のパソコンである。

 でも、その当時はまだWindows95は出ておらず、インターフェースでコマンド入力しなくてもパソコンが動くのは画期的だった。また画像処理に長けていてキッドピクスというお絵かきソフトが標準装備された。

 このマッキントッシュは確かに高かった。30万円近くした。それでも、使いやすさは勤務していた米国系ゲーム会社で心得ていたし、問題はなかった。

 では、これでなにをしようとしたか。

 パソコン通信である。

 当時は富士通日商岩井が出資のニフティサーブ日本電気が出資のPC=VANが二代勢力であった。そして自分は幾分か使い勝手の良さそうなニフティサーブに加入した。パソコンの裏側には電話の配線用のコネクタ差込口があり、電話の回線を外しコードを差し替えモデムにつなぎ、そこからパソコンにつなぐ。今では想像がつかないほどの遅さ。それでも、文字主体の情報しか存在しないからそれでもパソコンの画面に次々と現れる文字情報に興奮したものだ。

 では、そのパソコン通信で何を見ていたか。それは会議室というコーナーで、テーマごとに分かれていてそこには書き込みを管理するシスオペなる管理者がいたのである。だから炎上することもなかった。

 さて、その何を見たか、だが、それは次回。

求人倍率は景気の指標なのか?

有効求人倍率は景気指標なのか?忙しく需要に応えるため人をいれて生産を増やす。景気が悪くなれば、人を切る。
確かに街中の工事現場、コンビニは人が足りないから時給をあげ人を求める。昨今は外国人の店員も見るし、工事現場はあきらかに年金受給者年齢 の方をみる。でも、それは本当の意味での求人であったといえるのか?こういった職種は非正規で、時給単価も高くない。
一方、デスク仕事は増えているとはい難い。処理すべき件数は増えても、パソコンをつかえば、そんなに手間はかからないし、マンパワーも必要なし。営業職だって、人員をばいにふやせば売上が伸びる時代ではない。かなりの求職者は、そういったところを求めていたりするが、それは有効求人倍率という数字のトリックには現れない。これはミスマッチという簡単な言葉で言い表わされるが、このミスマッチは景気指標の有効求人倍率の行間に隠れていて陽の目を見ることはない言質。

そういうところが、数字の改善で絶賛されるアベノミクスと庶民の感覚の落差の大元のような気がする。

日本にLALALandはないのか?

  若いうちは夢を見ることが許され、ある歳をすぎるともっと大人になれと諭され、食うために夢をすて組織の歯車になり、ひたすらその歯車を回し続ける。そして、夢は、本当に自分がやりたいことは封印してしまいこんでしまう。だから、毎日の仕事が人生を楽しむためではなく、生きるためになり、そのために朝の通勤電車は実に殺伐としている。足を踏まれると踏んだ方が悪いと言わんばかり。

 LaLaLandはロサンゼルスのこと。ここでスターを夢見てウエイターやウエイトレスをしながら、オーデションを受けて行く。大人はそれをいつまでも夢ばかり追ってる人たちと冷笑的言う時の言葉らしい。

 でも、どうなんだろう。確かに霞を食べて生きることはできない。でも、最初からそれを諦め、日本の新卒社員のように、大企業に入ったら老後に備えてお金を貯める。かと言って、老いてしまえば何ができるわけでない。

  昔こんな話を聞いたことがある。本が読みたいがお金がない。それで一生懸命働き、会社を起こし、大成功した。しかし、その時には視力も読書したいと言う意欲もなくなっていたと言う。それに近いことは、日本のいたるところにあるのではないか。若かりし頃、やりたいこと、夢を封印して働いて定年。

  24時間が自由に使えるようになっても、何をすればいいのかわからない。

  もちろん、夢だって誰もが実現するわけではない。米国はアメリカンドリームの国だが、成功よりも失敗する人の方が断然多い。それでも人は諦めない。自分が30代の頃いた米国のゲーム会社のオーナーは、会社は潰れたが、別の会社を作っていたり、もう70代のはずだが、夢を求め続けている。

  人生は一度きり。自分のLALALANDを求めるのも悪くないのではないか?でも、一度の失敗をすれば人生のブラックリスト入りする日本のシステムでは、LALALANDは絵に描いたもちなんかな

     映画の冒頭のフリーウェイ。これなんか、ある意味で渋滞というのは、最もストレスためるものだし、ああいう風に飛び出して踊り出せれば、というのは、やはり、米国社会にもある閉塞感を打ち破りたい願望の表現だったのかもしれない。

 

   この項つづく